さと・はる さん



 最初は、メールで問い合わせを頂きました。その辺の事情は、私的昭和テレビ大全集の方で書いております。
 当初は、そちらの方にコメントをして戴ければ多くの人にも報せられるのでとご案内したのですが、昭和20年生まれとの事で70を越えるお年のようで、パソコンになかなか不案内なご様子でしたので、これは、この探偵団として直接お話を伺ってしまおうと思い立ちました。
 その話にはご快諾戴き、関西の方との事なので、電話でお話を伺う形となりました。
 お話を伺う前に、メールで多少の取材をして、予め話す番組については多少決めてからとなっております。
 その辺の事情を踏まえながらお読み下さい。


 このように、パソコンに不慣れな方でも記憶を語って戴こうという企画です。
 テレビやラジオの想い出でお喋りしたい年配の方、又、そういう人が身近に居る方、是非お気軽にご一報下さい。
 遠方の方でも電話でお話を伺います。関東の方なら、電話でも、こちらから直接どこか喫茶店などに伺う形でもお請けしております。
 資料の残っていない昭和40年代初頭くらいまでの実見談を語れる方を募集しています。
 sammadaisensei@yahoo.co.jp





 

番組としては何が一番好きだったですか、ドラマとかバラエティとかでは

 やっぱりドラマでしょうかねえ。


スポーツなんかはご覧にならなかったですか

 ジャイアンツは見るんです、今でもね。



あ、野球はお好きなんですか

 いや、やっぱりジャイアンツなんですよ。


あ、『野球』ではなくて、あくまでも『ジャイアンツ』が好きなんですね(笑)

 ジャイアンツが好きなんです。だけどもう、いま駄目ですよね、原さんが辞めてから。


長嶋さんとかお好きだったですか

 好きですよねえ、やっぱり。


歴代で一番好きなのはやはり長嶋さんですか

 長嶋さんでしょうかねえ。あと篠塚さんとかねえ、あの辺も好きでしたねえ。
 だけど長嶋さんは本当に、今でも尊敬してますねえ。あんな病気になっても怖めず臆せず頑張って前へっていう、痛々しいなとも思いますけど、やっぱり偉いと思いますね。


天覧試合はテレビでご覧になりましたか

 見ました見ました。テレビで見ました。


じゃ、あのサヨナラホームランも見たんですか

 見ました見ました。王さんと長嶋さんと、二人が活躍した試合、見ましたね。

※ 通常、後楽園での読売戦は日本テレビの独占放送なのですが、この天覧試合だけは正力松太郎の計らいにより、NHKでも中継放送されました。
  試合は7回に王貞治の本塁打で同点になり、9回裏の長嶋のサヨナラ反塁打で劇的な幕切れとなりました。
 

音楽番組とかはどうですかね

 音楽番組はね、サウンド・イン”S”なんかを覚えてるんですよ。ああいう洒落た番組が無くなりましたね。
 あのダンサーがね、兄弟がみんなファンでね。私はあの人、って感じで。


テレビでも宝塚の番組も多かったと思うんですが

 この頃見てないですね、本当に。大地真央さんくらいからバタバタと辞めたりしますよね、ちょっと有名になるとね。やっぱり芸能界に魅力が有るんでしょうかね。


そういう人たちは逆に僕らみたいな一般人も名前をよく知ってるんですよ 

 そうですよね。あんまり長い事いて年行ってから出て来ても、丁度いい年頃っていうのが有るんでしょうからね。


中学生日記』をご覧だったとあるんですが、年齢的にはズレてますよね

 そうなんですよ。そういう子供向きの番組って割りかた見てるんですよ、何故でしょうかね。いま考えるとなんで見てたんだろうなあと思いますけどね。わりかた面白かったですよ。名古屋の放送の番組やったですけどね(NHK名古屋制作)。
 今ならそんなの放送したって見る人ないんじゃないかという気がするんですけど。


岸辺のアルバム』はどのような感じでご覧だったですか

  これは八千草薫さん主演だったと思いますけどね。要するに、私思うけれども、不倫ドラマの先駆けじゃないかな。見てる時はね、さほどそんなに思わなかったんだけど、いま思うに、そういう所が有ったんです。
 あれ、(脚本は)山田太一さん? そうですよねえ。あの人もその頃から活躍しだしたんじゃないのかな。大水で家が壊れていくっていうのが印象に残ってるんですよね。最後はどうなったかというのは記憶に無いんですけど、なんか一生懸命見てたんですね、あの頃ね。
 

金妻』は三作あるんですが全部ご覧だったんですかね

 多分、見たんじゃないですかね。何が記憶に有るということは無いんですけど。あの頃みんなが見てたでしょ。だから惰性ですかね。


じゃ『ふぞろいの林檎たち』もそんな感じですか

 あ、そうですね。『夜のヒットスタジオ』でレーサーの人なんかの事で小川知子さんがスポットライト当てられて、その人が『金妻』に出られてね。それで見たのかもわかりませんね。あと古谷一行さんですか。高橋恵子さん。あの頃に売り出しだったかな。


歌手で好きだった人というのはいますか

 フォークの歌手なんか好きだったですね。高石友也さんとか吉田拓郎ねえ。あと杉田二郎とかねえ。私たちの頃は労音とか有ったんですけど、あれに高石さんとか来るんですよねえ。それで行ったりしましたねえ。
 あの頃スキーに行ったりねえ。あの頃スキーバスで行くんです、豊岡まで。その時に、歌が有るんですよね、高石友也さんの歌が(”想い出の赤いヤッケ”か?)。あの頃の風景が思い出されるんですねえ。


子供の頃によく歌った歌謡曲ってなんですか

 父が好きだったんで電蓄いうのが有ったんですよ。昔の岡晴夫とかね(笑)。レコード有りましたね。それから江利チエミさんのね、あまり歌われない歌ね。


ああ、外国の歌みたいなの

 外国の歌ね。太い針の、ガリガリガリガリ音立てるレコードでね。


SP盤ですね

 あとは小畑実。それから淡谷のり子もちろん有りますし、子供でそれ聞いてたんですねえ。訳わからないでしょうけども。それ耳に残ってるんですよね。
 それから松島詩子三条町子、それから”星の流れに”?
 

そういうの歌うと大人の人に怒られたりしましたよね、昔は

 怒られなかったですねえ。
 (美空)ひばりちゃんの小さい時の歌とかねえ。子供の声ですよね、最初の頃の。ああいうのも歌ってましたね。
 みんな音楽好きなんでしょうね、うちね。怒られませんでした。
 

あ、”星の流れに”なんか歌っても怒られなかったですか(笑)

 ええ、ええ。あれ今でも私のオハコなんですね、情けない、退廃的な女の歌。
 歌はいいですよね、いつの時代もね。


プレスリーとかビートルズが出て来た時に、なんか違うなって感じは無かったですか

 あの人(プレスリー)、映画と共にね… 私はビートルズって、ちょっと違うんですよ。好き嫌いは無いんだけど、あまり好きではないんですよね。プレスリーぐらいが私、好きなんですね。レコードなんかも買いましたしねえ。歌も上手いですし、歌に色気が有りますよねえ。


話を昔に戻してしまいますが、お子さんの頃の遊びってどんな感じでしたか

 遊びはそれこそ原始的な遊びですよ。缶蹴りね。それとか女の子… 着せ替え人形ってのが売ってたんですよね。一枚の紙の中にお人形さんが有って、いろんな洋服がすぐ千切れるようになってるんですよ。それを千切って肩から掛けて着せたりねえ。


紙の着せ替え人形ですね

 そうそう。そんなものとか、ままごと有り…
 そうそう、私たちは山が有ったんですね、近くに。だから山伝いに登ってね、鳥もちを木にくっつけて。
 鳥もちを作るでしょ。トントン叩いて。木の皮でね。それを木の先につけてそれを持って、セミ取り。山から山へ走り回っていましたね。


鳥もちでセミを捕るんですか

 鳥もちが出来る木の皮って知ってたんですね。それを剥いで石の上に置いて、石同士で叩いて練って、出来るんですよ、ベタベタの物が。それを木の先にくっつけて、それを持ってセミ取り。セミやらなんやら。あの頃ヘビも何も怖くないですからねえ。


そのモチにセミがくっついても大丈夫なんですか

 そう、大丈夫なんですよねえ。5,6人で山へ行って、木にも登るし、なんと言うんでしょうかねえ、アフリカの子供みたいな感じ…。それぐらいしか遊びごと無かったですよねえ。





この稿は 2017年2月19日にお電話で伺ったお話を元に再構成させて戴きました。