初のエロ系深夜番組『エイト・ピーチェス・ショー』

 
 この当時は、東京のショービジネス世界に於いて、東宝と松竹が激しく勢力争いをしておりました。
    関西の宝塚歌劇団に対抗して松竹歌劇団(SKD)が作られましたし、東宝系の帝都座や日劇小劇場でストリップが一大ブームとなると、松竹系も、ジプシー・ローズが名を売った東劇(東京劇場)バアレスク劇場や浅草公園劇場でストリップを披露し、検挙沙汰になったりもしております。
 その検挙沙汰で、松竹の看板を汚すような演(だ)し物に反対する内部の声も有り、松竹は裸から、ほぼ撤退していく事となります。
 
    そんな折り、より健全なお色気を振りまく集団が、SKDから誕生しました。
 最初に誕生した集団が、スリー・パールスです。草笛光子、淡路恵子、深草笙子(しようこ)という、歌と芝居が上手いグラマー三人という組合せで、かなりの人気を博したようです。
 このうち草笛と淡路は、よく知られるように映画等へと転身しましたので、四条邦子と明石月子が代わりに加入し、新生スリー・パールスとなりました。しかし、四条、明石も退団となり、スリー・パールスは消えました。
 
    スリー・パールスの成功に気を良くしたSKDが、次なるお色気集団として結成させたのが、エイト・ピーチェスでした。命名の由来は、「桃」のピーチからでしょう。複数形なのでピーチェスという訳です。
    桃という物は、かなり古い頃から、お色気に関する妄想を掻き立てていたようです。
    あの「桃割れ」は、単純に女性器を連想させますし、お尻や胸にせよ、男性を欲情させるふくよかな谷間を想起させるのでしょう。女の子のお祭りは「桃の節供」ですし、桃太郎が桃から生まれたと語られているのも、やはり女性器からの連想でしょう。
    そういう所から「桃色」という言葉が、性的な修飾語となっていったのでしょう。

    このエイト・ピーチェスを起用したTVショー番組が、『エイト・ピーチェス・ショー』でした。放送したのは、前年の昭和34年に開局したばかりの新参だったフジテレビでした。
 TBSが新参時代に東宝系の『日劇ミュージックホール』という扇情的な番組で視聴者獲得に動いたように、今度はフジテレビが、東宝(宝塚)系の宿敵である松竹系のエイト・ピーチェスを用いて、この番組で攻めの姿勢に入ったのです。
    このエイト・ピーチェス・ショーが当時としては如何(いか)に刺激的だったか、ネット上でも言及している人がいるようですが、アサヒグラフ増刊「テレビ放送25年」の中で、室謙二という人が次のように書き残しています。   
        「兼高かおる世界の旅」がぼくに海外のことを見せてくれる新しいメディアだったとしたら「エイト・ピーチェス・ショー」は中学生のぼくに性のイメージを与えてくれる新しいメディアだった。それまで活字とか写真を通してしか入ってこなかった性のイメージが、テレビを通して直接に生き生きと目の中に入ってくるのだった。
        これはいま放送されている夜の男性向けの番組「独占!おとなの時間」「11PM」とか昼の主婦向けの番組ニュースショーやらよろめきドラマにくらべたら、ほんのちゃちなものだったが、それでも大人の男たちは水曜日の十時半、子供を寝かせたあとにダイヤルをあわせる。ぼくは親たちが寝たあと、静かにその番組を見るのだった。
    
    水曜の十時半からというのは単純な記憶違いですが、当時この番組がどのような眼で見られていたかが窺(うかが)い知れる記述です。写真も添えられておりますが、たしかに今の眼で見たら、なんと言う事も無いものだと思います。
 しかし、書店が今のような形ではなく、町の小さな本屋で、必ず見知った店員を通してしか本を買えなかった当時、思春期の人間が独自にエロ本を入手する術(すべ)は事実上無く、勿論インターネットなど存在しない訳ですから、テレビという「日常」の世界にこうした肢体が飛び込んできた事がどれほど刺激的な事だったか、想像するのは難しくない事です。
    親の目を盗んで手に汗を握りながらエロ番組に見入るという生態は、昭和三十年代から存在していたのでした。
 
    また、テレビ史上で外せない記述としましては、初の深夜番組であるという事が挙げられましょう。
    当初は夜10時45分から11時まで。途中からは11時からとなったりもしておりますが、当時の夜11時と言えば、完全に「深夜」という感覚でした。普通に買い物をするような店は完全に閉まっており、街灯もまだ少なく、本当に静かで暗い夜。ほぼ全ての勤め人が週休一日で働いており、夜十時には床に就いているという家が多かったと思います。娯楽も少なく、テレビもまだ開拓されておらず、11時には眠りにつく人が多かったでしょう。
    そんな中、夜も完全に更けてから始まる大人のための番組に、世の男連中は、今では想像できない胸のときめきを覚えていた事でしょう。

 世上、『11PM』が「深夜エロ番組」の元祖のように言われますが、実は、この『エイト・ピーチェス・ショー』こそが、その栄誉に浴するべき番組なのです。
    他の局でも11時台のテレビ放送は有りましたが、再放送や映画か、報道系の番組ばかりという時期でした。深夜のテレビは大人の見るものという感覚を最初に日本人に植え付けたのは、『11PM』以前に、この番組が地均(なら)しをしていたのでした。