橋本一郎(はしもと・いちろう)さん


昭和
11年12月 1日
34年 3月 同志社大学 卒業

36年 4月 朝日ソノプレス 入社
43年 3月 退社
〃年    少年画報社 入社
52年    退社

以後は著述業に専念

公式ツイッター:https://twitter.com/hashimotoichi23


朝日ソノプレス時代に手掛けた主なソノシート化作品:
鉄腕アトム、鉄人28号、エイトマン、狼少年ケン、
ジャングル大帝、おそ松くん、オバケのQ太郎、
リボンの騎士、悟空の大冒険、ひょっこりひょうたん島、
ウルトラQ、ウルトラマン、マグマ大使、悪魔くん 等々






橋本さんが手掛けられた最後のシートとなるとどの辺でしょうか

 『ピッカリ・ビー』とか…『リボンの騎士』もそうだし…
 ※)どちらも昭和42年4月放送開始 
 
 
『ピッカリ・ビー』は目立たない番組ですが向こうからの売り込みですか

 いや、あれは東映動画を飛び出した連中なんで。その付き合いだね。
 (関西の)毎日放送がアニメを始めたんで。

 『パーマン』(昭和42年4月開始)もやったね。

 そのあたりが最後でしょう。
 

『ガメラ』とか映画は村山さんですか

 いや、それはもう一人入れて。その頃になると人手が二人じゃ足りないんで。
 (自分が居た)最後7人くらいだったんじゃないかな。
 一人は会計もいて。て事は、出演料が非常に多岐に渡るわけですよ。
 だから経理とは別に、そういうキッチリしたものを持ってないと、どこまで払ったかわからなくなっちゃうので。


その頃にはソノラマもかなり大きくなっていたという事ですか

 いや、うちのセクションだけが大きくなって。
 会社自体はそんなに大きくしなかったんじゃないかな。
 インテリが多かったから、漫画も抵抗あったけど、怪獣物は抵抗あったね。
 「こんなの出しやがって!」みたいな。


売れるとそういう声も小さくなりますか

 いや、それがまた反発買うのよ。特に中間管理職は、男の嫉妬で。
 会社が建て直るくらい、売れて売れて売れまくって。ミリオンセラーも、プラチナセラーまで有って。
 会社の上層部は喜んで、上層部には受けがいいけど。


『黄金バット』とかは

 それは村山です。その頃はもう、辞めるために仕事を減らしてた。もう辞めるつもりだね。
 とにかく(全部で)大変な枚数出して。民謡なんかもやったしね。


民謡はご自分で志願されたんですか

 いや、会社で、出してくれって言われて。


民謡がまだ売れてたからですかね

 そうかもしれないね。
 民謡ってのは、なかなか大変な世界で。


あれはお師匠さんが全部仕切って…

 そうそう。で、値段交渉して。
 で、その日の企画メンバーだから、ギャラをその場で払うのね、現金で。
 そうすると必ず領収書書いて、同時に10%キックバックあって。それは貰わないとまずいの。
 それを拒否すると、ちょっと流れが悪くなっちゃう。民謡の場合には、それ貰わないとしょうがない。


古い世界ですからそうなっちゃうんですね

 そういう、日本の、歌舞伎やなんかと同じそういう世界なんだね。
 で、貰って。で、「こんなに作ったの、じゃ、かなり貰ってたんだ」なんかね(笑)。


『オバQ音頭』なんかでも振り付け有りましたね…
あ、あれは我孫子(藤子A)さんでしたね

 あれは我孫子さん描いたの。適当に考えて。深く考えないで。弾みで描いて(笑)。
 

我孫子さんもとうとう筆を折っちゃいましたね

 今回の取材(2015年8月発行の著書『鉄腕アトムの歌が聞こえる 』少年画報社)も、もう最後になるだろうと思って会って昔のこと話して。
 

いつ頃ですか

 5、6年前…? それで(笑)、(藤子)F氏のこと聞こうと思ってたけど、聞かなかった。
 藤本さんと別れる事になった原因について、色々な噂があるけど、どれが本当なのか。
 

でも、やっぱりお金の問題ですよね

 そう。


ワタクシが子供の頃でも、長者番付見て…

 同じ額。


ほとんど同じ額で、片方の人は複雑なんじゃないかなと思ってましたもの

 ただ、あれは二人で一人なんだよね。
 だから打ち合わせとか全て我孫子さんがやってたんだよね。
 二人で完全に一人だから、あれで良かった。彼がいないと、藤本さんも駄目なんだね。
 彼がいないと仕事できない。とにかく対外的な事が全く駄目なもんで。
 

寡黙な人なんですか

 寡黙だし、仕事が好きと言うか、あんまり外に出歩いたりする人じゃないから。
 それじゃ、やっぱり困るんだよね、漫画の世界は。
 だから彼(我孫子=藤子A)がいないとやっぱり駄目なんだね。打ち合わせなんか全く出て来ないもんね。食事会なんか誘っても、ぜんぶ我孫子氏が出て来て。


トキワ荘の中で石ノ森さんとはお付き合いは無かったんですか

 いや、ちょくちょく会ったね。


『009』はやられたんですか

 いや、やってない。何で会ったんだろう?


『009』か『海賊王子』くらいしか…

 うん、なんか有ったね。


トキワ荘の流れで付き合っていたという事でしょうか

 そうかもしれない。


つのだじろうさんなんかは

 どうも相性悪いね(苦笑)。


お付き合い有ったんですか

 有るけど相性悪い(笑)。
 俺、合わないの何人かいるね。北野エイメイなんか相性悪い。


あの頃は虫プロに(アニメーターで)居たんですよね

 そうそうそう。あと、増刊(ヤングコミック)で、麻雀物を幾つかやって。

 
あの頃、麻雀劇画と言ったら北野さんでしたもんね

 北野だけだった。売るために、北野を入れたの。


漫画の依頼をする前から合わなかったんですか

 漫画の前から合わない。


だけども仕事のために

 そう(笑)。戸田(現)社長と、もう一人。
 俺は全然会わない。顔も合わせない(笑)。


(北野氏が)ワガママとかそういう事ではないですよね

 波長が合わない。人間って、そういうの有るじゃない。

 
橋本さんは上層部の受けは良かったんですね

 (ソノラマの)トップの方には。それ(漫画・怪獣のシート)で会社が立ち直ったから。
 赤字体質で、金融機関も金を貸さないような、本社(朝日新聞)からの借り入れで賄ったという会社なんで。
 一発逆転で、黒字会社に。


今はもう朝日ソノラマって無いんですか

 うん。朝日新聞に(吸収)。
 このあいだ朝日のコンプライアンスなんとかから呼ばれて、ソノラマ時代の原稿が、まんだらけから出てて。


まんだらけに流れてたんですか

 うん。それで朝日新聞の人に世間体が困るんで、どうしたらいいかって。


原画ですか

 うんうん。


朝日が買い取るんですか

 いや、どうしたらいいかって。
 朝日としては困るって。そういうスキャンダラスな事は。


誰か売った人がいるからって事ですか

 そうそうそう。
 委員会で問題になったらしくて。会社の財産を勝手に売り飛ばしたから。


結局どうなったんですか

 今となってはどうしようもないわね(笑)。時間も経ってるし。
 売った人はすぐわかるけど、会社としては追求しても始まらないし。

 
わざわざ橋本さんにまでお伺い立てるというのは

 漫画の出版社では、こういう時どうするんだろうという事で。
 相手との相談でね、盗難品じゃないかとか言って脅しつけて、安く値切る方法も有るだろうし。
 法廷で争う場合も有るだろうし。買い取らなくちゃならない場合も有りますから。
 揉め事だらけだよね、漫画の世界は。赤田(祐一)の「消されたマンガ」のあれみたいに。


増刊ヤングコミックや少年キング時代の事を語る橋本一郎さんのインタビューも掲載されています。


ツイッターで紹介されていたので読んでみたんですが面白いですね

 いや、あれ以外もあんだよ。あんなもんじゃないよ。


やっぱり編集者同志で噂になるんですよね

 すぐ噂になって。

 双葉社だよね、差別問題で。
 一ヶ所でクレーム付けないで、県ごとにクレームつけんの。和歌山とか、兵庫とか、奈良とか、京都とか。
 それで研修会開くわけ、是正するために。そうすると向こうは10人くらいで来るわけ。ホテル取って。二日間、会社、社員、全員揃いみたいに。それを県ごとにやられるわけ。
 あれは赤田、書いてなかった。
 結局最後は、金だよね。


橋本さんはそういう経験あるんですか

 うん、有る。かわぐちかいじの漫画。
 新橋の戦後の闇市の、暴力団の事を描いたらやられた。


呼び出されたんですか

 会社に押しかけられて。


それもお金で解決ですか

 それは払わない。


それで通ったんですか

 うん。


かわぐちかいじさんもその後どんどん大きくなりましたけどね

 赤田の書いてた写真(「沈黙の艦隊」で柴田三雄の艦船写真を大量に無断で模写し抗議を受け、後日に謝罪という問題)。ソビエトの艦隊の写真、あれは揉めたんだよね。
 あと、潜水艦の中っていうのは写真少ないの。決定的に少ないの。潜水艦のトイレの写真なんか、そんな無いからね。限られてる。

 
基本的にお金は払わないで来たんですか

 ま、払わないで済めばね。


あ、払った事も有るんですか、長い間には。

 うん。
 相手がどんな奴か調べて、タチが悪いのには多めに払っても一発で解決する。
 金貰いたくないってのにも握らせて解決する。 失礼の無いように、金を渡して。相手のプライドを傷つけないように。


ソノラマ時代に揉めたのは飯沢匡さんだけですか

 大体、朝行くとトラブルの一つか二つは必ず有るというか。
 ギャラの問題とか。金を持ち込まれて対応に困ったとか、レコード会社から。


それだけのヒット作を出して、会社から何か特別ボーナスのようなものは…

 何も無い。
 無いけど、年収の何倍も(経費を)使えるだけ持ってたから。
 日音からも(作詞)一曲十万くらい貰ってたし。あと東京ムービーからも(作詞の)お金貰ってたから。金に困る事は無かった。
 うちは下の妹が文化服装行ってて、下の弟が早稲田行ってて。二十代だったけど、親は倒産して金が無かったけど、兄弟三人、二人面倒みて。そのくらい金が有った。

 
ハンナ&バーベラものではあの二つ(『スーパースリー』『大魔王シャザーン』の作詞)以外はやってないんですか

 あるはずだねえ。(思い出せないけど)あるはずだよ。だって『スーパースリー』があれだけ当たったんだから、あれで終わってないはずだよねえ。
 あれも、ちょっとまとまったお金くれたし。大体、ソノラマからの給料で家賃払って、それ以外に二人の生活と授業料みて、上手くやれたね。
 

橋本さんがあの当時見ていて面白いなと思ったテレビ番組って有りますか

  『コンバット!』見てたね。コンバットと『ララミー(牧場)』と…


やはり外国ものですか

 『事件記者』見てたね。あと『七刑(七人の刑事)』。


そうやって見てる作品の中でこれも(音盤化)やってみようと思われたのは無いんですか

 無いね。


やはり子供向けのを

 うん。或る程度売れないと。


他のものは売れないだろうと

 そうそう。そういう…
 売れないのは… 売れないのももしかしたら作ったのかもしれないけど。

 やっぱり『エイトマン』を突破したのが瀬戸際だったんじゃないかな。あれ、専属がナベプロだから、あそこで挫折しても不思議じゃない。そこを突破したあたりがヤマだったかもしれない。


(渡辺)晋さんとか美佐さんとはお会いになったんですか

 あれは制作部長の松下さんが(当時は)一人で取り仕切ってる会社。実務も実権も。彼が全て握ってる。
 これまで会ったマネージャーで凄かったのは、松下と、三木鶏郎のとこのマネージャーと、さいとうたかをの兄貴(斎藤發司=リイド社社長)だね。このあいだ(2016/6/8)亡くなったんだけど。
 それが三大マネージャーだね。


さいとうたかをさんとのお仕事も何か

 (ソノシートの)『ウルトラマン』を描いたのも彼だし、サンコミックスでも何冊かやったし。


三木さんのマネージャーさんとは『鉄人』の時だけですか

 うん、それだけだったね。(以後の『遊星少年パピイ』『遊星仮面』は他者が担当)
 あれは凄いマネージャーだった。
 三木さんはスーパースターで。当時は神様。コマソン全部、100%近く、全てあの人だったから。
 あの人はコマソンを流行らせるために、いずみたくとか、越部信義とか、桜井順とか、全部自分とこで育てたの。高井達雄もあそこにいたの。


戦後の放送文化はほとんど三木さんとこからですもんね
それをぶち壊したのが小林亜星さん 

 終わらせたのがね。時代を終わらせたのが。


『狼少年ケン』の音楽を聞いた時に新しい音楽だと思われたんですよね

 やっぱり、あれだけの打楽器を揃えて、あんなの無いもの。あれに全て言い尽くされてる。

 それと、井上ひさしと山元護久だけは、飯沢匡のとこに挨拶に行かなかったんだよね。
 それで時代が終わった。『ひょうたん島』で彼(飯沢匡)の時代が終わっちゃった。


確かにそのあとNHKは『ネコジャラ市(の11人)』なんかもそうですけど、(飯沢さんから)流れていきますもんね
飯沢さんとは直接お話しした事は無いんですか 

 電話なら有るけど。上から目線で。
 大体、アイツ元は朝日(新聞)だって言うけど、新聞記者じゃないんだから。最初から出版局雇いなの。
 朝日の中で出版局っていうのは、駄目な奴なわけ。朝日と付くけど番外地。
 飯沢匡みたいにコネで雇わなくちゃいけないのがいるわけでしょ、大きくなると。
 アイツの親父(伊澤多喜男)は貴族院議員かなんかでね。そういう、雇わざるを得ない奴が回されるのが出版局。
 なんか凄いね。威張っちゃって。 


(大笑)
でも今にしてみれば「天皇」とやり合ったわけですから一種の勲章ですよね
歴史上の凄い人ですからね 

 落ち目だなーと思ったから(笑)。凄い時の天皇なら、「へへぇーっ」なんて(笑)。
 『ぶーふーうー』は落ち目だったんじゃないかな。その辺の空気を読んで強気になったのかもしれない(笑)。

 
橋本さんは昭和11年生まれという事は終戦の時を覚えてますか

 覚えてる。B29飛んでたもの。爆弾落とされたのも知ってるし。


終わった時にはどんな感じでしたか

 ま、ホッとしたって感じだよね。空襲ってのは、殺されるんじゃないかって危機を感じるし。
 

負けた悔しさっていうのはべつに無かったですか

 うん。それで終わってホッとしたっていうのが。
 お風呂、昔は薪で燃したんだけど、薪で燃すと煙出るから(敵機に見つかるので)、 お風呂湧かせない時がある。
 それが、これからは毎晩お風呂入れるって(笑)。

 
(福島県)郡山もけっこう空襲を受けたんですか

 郡山っていうのは元々はなんにも無いとこだったの。
 そこに猪苗代湖の水を日本海側に流して、 落差が有るんで発電所を幾つも作って。
 猪苗代湖の水と電力が有ったんで、それで急に発達して。電力が余ってるっていうから、工場を誘致して。それが爆撃の対象になった。
 工場が目茶苦茶できて、それから海軍の飛行場が出来て。


けっこう頻繁に空襲が入ったんですか

 うん、入ったわけ。


それじゃ怖いですよね

 うん。

 編集者っていうのは富士見台(虫プロ)に行った頃は軍隊帰りが居て。予科練帰りとか。それが凄いというか。殴り合いが有って。
 (当時の漫画は)有害図書でしょ。 職業的に言ったらブラックな商売だから(笑)。


ほとんどヤクザみたいな

 出版社自体がそうでしょ。漫画で儲けようなんて出版社自体が。


今じゃ考えられないですけどね

 だから四大卒なんかいなかったし、ちゃんとしたとこに勤められないような奴が。


講談社なんかはちゃんとした出版社ですけど駄目なんですかね

 だから早く(一般部署に)戻りたい、早く(漫画担当を)辞めたい。
 講談社とか小学館とか集英社とか有ったけど、本腰入れて漫画と取り組もうなんてとこは少なかった。
 (漫画は)世の中の爪弾き者だったわけよ(笑)。


子供時代は漫画を読みましたか

 けっこう読んでたねえ。


『のらくろ』とかですか

 俺、講談社はあまり好きじゃない。アクが強いのが(好き)。


その当時もアクの強いのが有ったんですか

 漫画自体がアクの強いものでね。で、講談社ってのは洗練された、上澄みみたいなもの。
 だから(自分が)増刊ヤンコミ(ヤングコミック)なんかやった時でも、漫画の見方にそういう、アクの強い、個性的なものみたいのが潜在意識に有るみたいですね。


手塚さんの「新宝島」とかはご覧になったんですか

 あれは東北の方に流れて来なかった。どっちかっていうと桑田次郎なんかが好きだったねえ。
 あと年取ってからは棚下照生なんか好きだった。
 アイツのやってた恋溜(こいだまり)っていう飲み屋が有って、そこのカウンターに居たのが村上兄弟。ヤクザ物、「昭和極道史」とか。


村上兄弟… 漫画ですか

 漫画なんだけど、それ教科書にしてんのよ。その業界では。

 
仁義の切り方とかですか

 それから礼儀の仕方とか。それ売れてんだよ。その世界ではそれ有名なの。教科書で、まとめ買いして。
 で、ヤクザがカウンターに居て、ヤクザのこと俺もそこで勉強してた。


棚下照生さんが寺田ヒロオさんと仲良かったというのが意外ですねえ

 うん、そう。ただ棚下照生っていうのは凄い嫌われ者でね。編集者も凄い嫌ってたねえ。
 棚下照生っていうのは、極貧の育ちなんだよね。
 で、片道切符で中学生の時、宝塚の手塚邸へ、弟子入りさせてくれって言って。
 ところが手塚さんが博士論文かなんか書かれている時で、それで追い返された時、庭先で小石を持って帰って、その石を見て「俺は漫画家になるんだ」みたいな。その石が神棚に上がってるという。


手塚さんを崇めてるって関係で寺田さんとも仲が良かったんでしょうか

 いや、相性が良かったんだよ。テラさん自体が、やたらいい人だし。
 (棚下照生の松山容子との)結婚も、三回目かなんかだよね。



この稿は 2016年9月4日に埼玉の喫茶店で伺ったお話を元に再構成させて戴きました。