橋本一郎(はしもと・いちろう)さん


昭和
11年12月 1日
34年 3月 同志社大学 卒業

36年 4月 朝日ソノプレス 入社
43年 3月 退社
〃年    少年画報社 入社
52年    退社

以後は著述業に専念

公式ツイッター:https://twitter.com/hashimotoichi23


朝日ソノプレス時代に手掛けた主なソノシート化作品:
鉄腕アトム、鉄人28号、エイトマン、狼少年ケン、
ジャングル大帝、おそ松くん、オバケのQ太郎、
リボンの騎士、悟空の大冒険、ひょっこりひょうたん島、
ウルトラQ、ウルトラマン、マグマ大使、悪魔くん 等々






ご著書には組合結成と同時にソノラマを退社されたように有りますが

 少年画報社にも過激な組合あったけど、俺は中小企業に於いて組合が必要かどうか疑問なの。組合活動で、小さい会社はモロ影響出るからねえ。
 少年画報社なんかも、会社が暴力団入れて、それを追い出したんだけど。
 

組合がですか

 俺が。


暴力団が出て来たというと漫画の内容に文句を付けたとか

  じゃなくて、組合を。
 

組合が雇った…

 いや、組合を排除するために。排除するために、会社が暴力団を。


(笑) 毒をもって毒を制すみたいな

 それを叩き出した。


会社が雇った暴力団を橋本さんが追い出したんですか
組合の立場でという事ですか 

 組合の立場というより、社長を説得して。
 そういう事をすると必ず会社が潰れるんですよ。光文社の例も有るし、中公の例も有るし、主婦と生活なんかも。
 だから、そういう事はやめなさいと社長に言ったの。組合の連中も暴力団がいなくなったから喜んでたけど。


ヤクザはどんな嫌がらせをするんですか

 職場を占拠するの。


バリケードみたいな
仕事を出来ないようにするんですか 

 そうそうそうそう。


でも会社が雇ってるんですよね
それでは会社の首を絞めてませんか 

 それでもやっぱり、背に腹は替えられない。組合の方が喰うわけだから。
 どこでもそうですよ。中公(中央公論)もそうだし、秋田(書店)もそうですね。中公なんか典型だよね。それで結局、読売に(吸収される)。
 その頃ってのは一番給料高かったんだよね、新聞社より。朝日毎日の初任給ってのは、大体親子三人食える程度の金額。それより中公の方が高いの。そのくらいのいい会社が潰れちゃう。組合の始末の仕方を間違うと。


虫プロもけっこう凄かったですね

 あれも潰れた。

 虫プロにマルチプレーンって機械が有って。アニメっていうのは平面なんで、どうしても奥行きの有るシーンが撮れない。当時はテレビの幅が狭かったんで、横に動かすには狭かったんで、縦(奥行き)に動かすアクションシーンが欲しかったんで、手塚先生は一千万かけて作った。


当時の一千万ですもんね

 国産なんだよね。今でも使えるらしいんだけど。
 これの説明を日曜日(8月28日)にしたんだけど。
 ※ 報告記事が有りました ⇒ 虫プロ見学会&手塚番トークショー&懇親会 
 

『悟空の大冒険』のシートも橋本さんですね 

 そうです。


宇野誠一郎さんの音楽は凄かったですね

 これはようやく、手塚さんとの相性が良くなった。ワンダースリーはちょっと堅かったけど。
 宇野誠一郎のトリビュート・コンサートっての年一回やるんですよね。あれ結構、面白いですよ。


コンサートに行かれるんですか
登壇されるわけではなくて観客として 

 ええ。


ちびっこのどじまん』のシートも橋本さんですね

  そうです。


あれは実写番組というかバラエティ番組ですが、なぜシートにされたんでしょう

 大野松雄ってのがいましてね。アトムのSE(効果音)をやってた(音響)監督がいて。これが画期的な電子音を使ったわけです。


あの当時にですか

 まだ電卓の無い時代に大野松雄はアトムに電子音を使って。そういう素晴らしい発明家がいて。
 そこが、なんか溜まり場みたくなってて。青山の、紀伊國屋からちょっと離れたとこで、彼、(当時)独身で。今日はどこ飲みに行こうかとかやってて。
 その通りの向かいに藤家虹二の事務所が有って。なんか知り合って。 
 大野松雄の自宅で仕事が有って、紀伊國屋が有って、藤家虹二の事務所が有って。顔合わせているうちに、「うちでもやらない?」みたいな事で。


先ず藤家虹二さんとの付き合いが有って、という事で…

 うんうん、そうそうそうそう。


『ピンポンパン』のシートもやられたんですか

 それは最初だけやりましたね。


それはどのような事でだったのでしょう

 あれは、その前にNHKで朝の体操のお兄ちゃんが出てくる番組…


『おかあさんといっしょ』ですね

 ええ。あれで第一体操と第二体操が有って、 或る日突然部長が、それ(おかあさんといっしょ)やれって言うわけ。「第一体操と第二体操を入れて作れ」っていう…。
 ところが、第二体操が越部信義(作曲)で、コロムビア専属なわけ。 それで部長に、「できっこないじゃない」って、ふて腐れてたわけ。
 部長は、「できないのをするのがお前たちの仕事だろう」って言うわけ。 できっこないわけよ。

 で、キングレコードに遊びに行った時、 そのあと社長になる人なんだけど、凄くいい人で、小川カンコーとか自由に貸し借りできたわけなんだけど、「部長がこんな馬鹿なこと言ってんです」って言ったわけ。そしたら、「上司はそんなもんです」なんて、その時はそれで終わったの。
 で、少ししたら電話かかってきて、「あの件ですけど、ちょっと話し合いたいです」って。

 それで行ったら、結局、児童向けの作詞作曲を専属にするっていうのは御法度っていうか、やっちゃいけないような事だったわけね、業界では。ところがコロムビアは、専属にしちゃったわけ。
 そしたらね、多分、長田(暁二=当時キングレコード社員)だと思うんだけど、怒ったんだね。専属になる数日前に、越部信義の売れそうな曲をね、全部録音しちゃったの。
 そのテープが有るから、それをお使い下さいって言われたの(笑)。それでなんとか突破して出したわけ。


もの自体が専属契約前なら使ってもいいんですか

 そうそうそう。で、それは突破したわけ。それで、その後で、じゃあ『ピンポンパン』も出していこうって、そういう事で出していったわけよ。


キングレコードとは良好な関係だったんですか

 うん。最初からレコード会社っていうより出版社側だったからね、立ち位置からして。キングレコードっていうのは講談社系列だから、けっこう貸し借り自由。


ではキング音源のシートは大体大丈夫だったんですか

 うん、事前に言っとけば。三橋美智也とか江利チエミとか、ああ(大御所に)なるとちょっと問題だけど。


『おはよう!こどもショー』もやってらっしゃいますか
 
 やったね。その流れだね。
 それで、木馬座も独占。


ケロヨンですね
木馬座に関しても後ほど独占が崩れてますけどね 

 俺がいなくなってからね。
 独占自体は、おいしかったんだよね。全国公演あったしね。


木馬座のシートはケロヨン以外にも演し物を「シンデレラ」とか色々出してましたね

 舞台装置をね、一月(ひとつき)前に作るの。それで、公演までそれをどっかに保管しておくわけ。ふつう大道具って、公演の直前に持ち込むんだけど。あれ(ソノシート)のために一月前に作るの、大道具。
 藤城さんとのお付き合いで、好意で作ってたの。倉庫代だけでも大変だと思う。


ケロヨンも相当なブームだったから売れたんじゃないですか

 売れたねえ。いい写真を使って。
 ミリオンセラーにはならないけど。


あの辺でもミリオンにならないという事は如何にオバQが凄かったかですね

 そうだね。


オバQ音頭は最初はエンディングだったんですか

 そう。それでメチャクチャ売れて。


ワタクシが調べた情報ですと最初は花見の時に流したようですね

 あ、そう。

 
シートだからレコード大賞の対象にはならなかったんですよね(レコード盤のコロムビアの方が受賞) 

 そう。人のものを(笑)。
 

音盤の組合に入ろうという話は出なかったんですか

 出ない。レコード会社と会社が違うんだよね。やっぱりレコード会社にするなら、作詞家、作曲家、歌い手を育てるような会社にしていかないと。そういうアレはまったく無かったんで。


朝日ソノプレスのスタジオみたいな自社現場は作っていたんですか

 スタジオは、会社は建前としては朝日(新聞社)の上に有った朝日放送のスタジオ使えっていう事になってたんだけど、ただちょっと使い勝手が悪いので、それでやっぱり飛行館スタジオで。
 飛行館スタジオはナベプロ系統のスタジオで、(飛行館の)4階かなんかにスタジオが有って、その上がスクールメイツが使っていた所で。
 それなのに加藤幸四郎の娘(=加藤登紀子)を、ナベプロじゃなくて(石井好子の)石井音楽事務所に入れたんだよね。 あれは正解だったね。いい会社を親父は選んだと思う。


ナベプロというと『エイトマン』の苦心談を思い出すのですが、あれは放送開始から半年も経っての音盤化でしたが、それだけ揉めたんでしょうか

  (歌手の克美しげるが所属していた)ナベプロっていうのは、近寄りがたい帝国なんです。あれが一社で君臨してて。だから、そこをどうアプローチするか、どうやって話つけるか。それと東芝(レコード)の専属、二つの難関が有るから。誰も相談に乗ってくれないし。


その折衝をやっているうちに半年経ってしまったという事ですか

 いや、考えてる間にだね。どうナベプロに、26か7の若造が。
 制作部長の松下が全てを取り仕切ってるというのがわかって、じゃコイツにぶち当たるしか無いって事を調べるまでに、3ヶ月くらいかかった。
 それは大変ですよ。専属を突破するってだけでも、それは大変なこと。
 

『アトム』の歌というのは虫プロから提供された音源ですか

 ええ。3コーラスのが有ったんで、それ使ったんだと思います。


『鉄人28号』も三木鶏郎さんの方からですか

 あれは「グリコ、グリコ」が無いから、取り直したんです。


やはり飛行館スタジオで取ったんでしょうか

 音聞けばわかる。


あ、そういうものですか

 ええ、そうですよ。音ちがいますよ、全然(笑)。ミキサーも違うし、全く違う。素人が聞いても違います。


ソノラマが原盤を持っているのというとどの辺からなんでしょうか

 『28号』は作ったよねえ。『アトム』の2あたりはウチの録音だねえ。聞けばわかるけど。


『銀河少年隊』も手塚先生でしたが現代芸術社からしかシートが出てませんが

 あれはあまりやる気がしなかった(笑)。
 あれ、先生も気に入らなかったんじゃないかな。あまり先生を逆撫でするような事は、どこで爆発するかわかんないから。
 こっちは儲ける目的でやってるのがアリアリだし(笑)、人の作品をあまり儲けに使うなみたいな気持ちが先生は有るから。


でも『アトム』の音盤を出した時にはかなり喜ばれたんですよね

 うん。あれは出したかったんだね。あれは最初から気に入ってた音楽だから。
 ま、なにしろ大変な大先生だから。
 
 
初めてお会いする時の心境というのは緊張しましたか

 いや、それはない。とにかく原稿取らなくちゃいけないからねえ。

 
でも結局セル画になったんですよね

 原稿取れないからセル画になって。それが成功したかもしれない。子供の目には凄くそれが鮮烈だったと思う。
 

挿絵画家というのはどのように決めるんですか

 大体サンデーとかマガジンと交流が有るから。こんなのがいいんじゃないとか言ってくれるし、それで向こうは原稿料とかも教えてくれるし。


はは(笑)

 普通ライバル社には教えないんだけど、ソノラマには教えてくれて。
 (ウルトラQの挿絵を見て)この頃は大変だった。
 こういうものって二流どころに描かせるとチャチくなるから、一応、一流どころ頼むわけ。
 この頃はね、「落ちぶれてもこんなもの描きたくありません」って。


こんなゲテモノ描けるかと

 うん。 それが一流の先生たちの絵描きのプライド。
 

今じゃ考えられないですね

 うん(笑)。当時はそれが当然。大変だったのよねえ。
 最後は原稿料ガッポリ戴いてとか。それだけ真面目に取り組んでたんだね。中途半端でなく。最後はやっぱりお金ですよ。


ミスタージャイアンツ』のシートって面白いですよね。あれはどういう発想だったんですか

 あれは版権持ってるとこが有ってね。東洋エージェンシー…かな?
 王とか長嶋のサインボールとか扱ってる会社が有って、その権利持ってて、それで、どうか?という話だったと思う。


これも橋本さんが?

 途中まで。王とか長嶋とかの台詞が入っているところ有るよね。あの辺は俺がやった。


王さん長嶋さんに「お願いします」って…

 そうそうそう。


スタジオまで呼んだんですか

 いや。王は自宅だね。新宿御苑の所。


(他のシートも)けっこう面白い企画が有るんですよね

 もう、やりたい放題だよねえ。金は有るし。


『なるへそくん』とか、わけのわかんない漫画が有るんですが

 それは村山(実=朝日ソノプレス社員)だね(笑)。いかにも村山らしい(笑)。
 

外国の作品とかは権利関係が難しかったんじゃないですか

 いや、簡単になってたんじゃないかな。『オバQ』以降は、比較的整備されてきて。
 それまではとにかく、一つ一つ全部(権利関係を)潰していかないといけなかった。作詞作曲、キャラクター、テレビ局…


それ全部一人でやってたんだから大変ですよね




この稿は 2016年9月4日に埼玉の喫茶店で伺ったお話を元に再構成させて戴きました。