橋本一郎(はしもと・いちろう)さん


昭和
11年12月 1日
34年 3月 同志社大学 卒業

36年 4月 朝日ソノプレス 入社
43年 3月 退社
〃年    少年画報社 入社
52年    退社

以後は著述業に専念

公式ツイッター:https://twitter.com/hashimotoichi23


朝日ソノプレス時代に手掛けた主なソノシート化作品:
鉄腕アトム、鉄人28号、エイトマン、狼少年ケン、
ジャングル大帝、おそ松くん、オバケのQ太郎、
リボンの騎士、悟空の大冒険、ひょっこりひょうたん島、
ウルトラQ、ウルトラマン、マグマ大使、悪魔くん 等々





 増刊ヤングコミックというのは過激な本でしたね。
 発禁をウチは二度くらってんだけど、発売日か前日にね、キオスクが扱わないわけ。
 キオスクは(販売量の)4割ありますから。発売直前になって扱わないって事は、「潰すぞ」っていう事。


官憲の力で国鉄(現JR)に圧力を掛ける…

 そう。それ2回くらって。 あとアサ芸(アサヒ芸能)が2回か。


あ、そうですか(笑)。アサ芸はヤクザ記事かなんかで?

 いや、なんか知らないけど2回くらった。
 それで石井隆を使うとメチャクチャ売れて。90%くらい売れるから。 
 90%売れたって事はね、凄い恐怖でね。気が小さいせいかわからないけど。
 石井隆を載せると(返本で)本が戻って来ないわけ。戻りがゼロなわけ。そうすると、(そのうち)全部戻ってくるんじゃないかという恐怖(笑)。 


本当にみんなが手にしてるのかなという…

 うん。 あと、キオスクで扱った場合に、どこに置いてくれるか。売れる本は(客が取りやすい)前に置くんです。 早く回転させる。売れない本はもう出さない。


置き場所によって売り上げも変わるんですね
 
 買い易い所に置くとそれだけ売れるの。だから一番売れる本を置くんだよね。


その営業をされたりするんですか
 
 いや。見て回って。どの辺に置いてくれるか。


それで手前に置いてると売れてるとわかると
 
 90何パーセントっていうと、会社は喜ぶよね。
 一番上と一番下の本は売り物にならない。


結束バンドなんかで駄目になるから…
 
 うん。 だから、100%売れたっていうのに等しいんだよね。そのぐらい売れた。

 
返本率ゼロっていうのは凄いですね

 だから、それで目を付けられた。売れる本で過激っていうのは危険だと。
 
 
(ソノラマ時代には)サンコミックスもやられてたんですよね
 
 はい、そうです。


永島慎二さん(「漫画家残酷物語」)が最初ですか
 
 水野英子の「星のたてごと」じゃなかったかな。あれはメチャクチャ売れた。


サンコミックスというのは橋本さんのやる前から有ったんですか
  
 いや、僕がやりだしたんです。貸本時代の漫画が(商品化されずに)残ってて。
 今、水木しげるさんのサンコミックスのが評価されてる。 
 永島慎二も、あれで売れ出して。

 
この本(「鉄腕アトムの歌が聞こえる」)に永島さんの手塚先生に関する漫画が全編掲載されてますね(「ぼくの手塚治虫先生」)。
しみじみして、良い漫画で、手塚先生って本当に神様かと思いました(笑)。 
 
 あれが気に入ってて、入れろって言うから(笑)。


 
虫プロでアニメもやってらしたんですよね、永島さんは
 
 そうそう。虫プロでやった後、彼の漫画も変わって来るんですね。(虫プロで)演出する事になって。
 あれまでは一枚一枚描いてたんだけど、 演出してからだよね。「柔道一直線」なんか、「ジャングル大帝」の演出するようになってから作品が変わって、流れが良くなって。

 
そう言えば「柔道一直線」(原作:梶原一騎)も永島さんの絵でしたね
もう一人いらしたかと 
 
 途中から斉藤ゆずるに。

  
永島さんがなんか嫌になっちゃったんですかね
 
 いや、あの人は週刊誌はキツい。週刊誌の人じゃない。
  

「柔道一直線」の作詞も橋本さん(名義上は梶原一騎)がされたとの事ですが、あれは曲先(出来ている曲に詞を当てはめる)だったんですか
 
 あれねえ、詞が出て曲が出来て、それで(梶原さんの)詞が引っ掛かって。東映が、今夜録音しないと間に合わないみたいな感じで。
 それで、「夕飯食いに来ない」って、ざくろなんていうシャブシャブ屋さんで、こんないいとこでいいの?と思ったらテープレコーダーがポンッと置かれて、台詞が「ちょっと、2時間くらいで」みたいな感じだよね(笑)。
 
 
あれ、当て嵌めるのが難しい曲ですよね

 いや、俺は曲が先の方がいいんだよね。
 とにかく、その場で書いて、数時間後に録音して本番間に合ったっていう曲だよね。

  
梶原先生の詞が有ったんですか
 
 吹き込んであったの。その吹き込んだのを持って行ったらNG。

  
局の方で?
 
 いやいや、スポンサー(武田薬品)。

  
あの当時の梶原さんの詞を切るって凄いですね
 
 いや、スポンサーの方が。合わなければ。梶原も何も(笑)。

  
梶原さんの詞と(放送された詞は)全然違ってるんですか
 
 違う。

  
全然違うんですか
 
 うん。(自分のは)スポンサー受けのする。

  
ちなみに梶原さんの詞はどんなだったか覚えてらっしゃいますか
 
 なんかジコジコした…(笑)。あんまり個性的なのは嫌うんだよね、スポンサーは。万人受けするのじゃないと。 

  
♪ ジャンケンポーン ランドセルポン という「ジャンケンケンちゃん」の詞(今戸 悠・瓜生 孝)も、全部橋本さんがお作りになったんですか

 「ジャンケンケンちゃん」も幾つかスポンサーに引っ掛かったね。それで作り直したの。 
 
  
すると瓜生孝さんという方が最初に作詞されたんですかね
 
 わからない。「ジャンケンポン」ってのは、なんか俺が言いそうな事だ。
 
  
あれもワタクシがよく歌った歌です
 
 (自分が作った詞は)一回もNGになったこと無かったね。 

  
同志社では何学部でいらしたんでしょう
 
 文学部の、社会学科という所で。
 「ブラックジャック」の初代編集者の岡本が同じ所です。後輩で(笑)。
 (イベントでは)「先輩に呼ばれたから」なんて言ってるけど、アイツは。

 
マスコミ関係の何かをやりたいという漠然としたご希望はお有りだったんですか
 
 あまり無かったねえ。適当に、楽しく(笑)。
  
 
たまたまソノラマで募集していたからというだけで
 
 そうですねえ。そして「鉄腕アトム」がミリオンセラーになって。次の「鉄人28号」が、それを上回る売り上げで。プラチナセラーを沢山やって、「オバQ」 で200万やって。
 で、サンコミックスが結構売れたのも有って、漫画に嵌まって。

 
ソノラマ入社以前はそれほど漫画には興味が無かったですか
 
 いや、そうでもない。

 
好きな方でしたか
 
 好きな方でもないけど。

 
あの時に「鉄腕アトム」を音盤化すれば売れるだろうと考えつくというのは他に無かったわけですが
 
  テレビ神奈川の「佐藤しのぶ 出逢いのハーモニー」っていう番組(2015/8/17・8/24)に出た時に言ったんだけど、結局ウチ(生家)は商売やってたんで、商売的なDNAが有って、商売っ気があるからじゃないかと締め括りに言ったんです。


ご商売というのはなんですか
 
 縫製工場をやってたんです。祖父が小学校三年で退学して働きに行って、一代で金持ちになって。


小三で退学って凄い時代ですね
 
 昔は、幾らでも、それは。働きに行かされたんです。


では、その土地では名士みたいな
 
  いや、名士なんて、そんな尊敬されないですよ(笑)。成金は(笑)。
 

(笑) でも、その土地では誰でも知っているような…
 
 だけど、あまり尊敬されない、成金は(笑)。



この稿は 2016年9月4日に埼玉の喫茶店で伺ったお話を元に再構成させて戴きました。



 
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テレビ神奈川系「佐藤しのぶ 出逢いのハーモニーⅢ」2015/8/24 放送より

 橋本さんから、その番組のご出演映像まで提供して戴きましたので、ここでそのほんの一部ではありますが、再現させて戴きたいと思います。

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橋本「これは我が家の、昭和8年か昭和9年くらいの、僕の生まれる2、3年前の写真なんですけども、」

  「祖父は極貧の、凄い貧しいうちに育って、小学校三年生で中退して、丁稚奉公に行くという、そういう貧しい育ちだったんです。ところがなんか、努力して、成金にのし上がったというか」

  「岡山の児島あたりで、学生服の大量生産、大量発売という、そういうベンチャー企業がポツポツ出始めて、それに倣って、福島県の郡山という、東北では二番目に大きな町で、私の祖父はミシンを百台くらい集めた縫製工場を作って、大量生産に乗り出して、でまあ、町でも指折りのお金持ちになったんだけれども。これが大量生産始めた時の、開業祝か、記念の写真なんですね」

  「それで、つらつら思うんですけども、 そういうミリオンセラーとかなんかをそれだけ叩き出した自分というのは、結局、編集者の勘とかセンスとかより、もしかしたら祖父の商人(あきんど)としてのDNA、血、それじゃないかなと思うんですよ。祖父がやった、自分の信じる道をひたすら独立独歩歩んでいく、そういう事はこの写真見る度に、そういう生き方しろという事の叱咤激励されるような気がしますね」